歴代ランドクルーザー中,約24年間の永きに渡り生産された超ロングセラーモデル。

すでに20系が30番台の数字を使っていたため、型式は40とされた。

ただ単に角張っているのではなく適度に曲面を使ったデザインは,幌馬車をイメージして定規とコンパスのみで設計されたそうである。

1960年代から70年代前半にかけて、BJ型とともに発展したのがFJ型ランクルで、
1960(昭和35)年に登場したFJ40は、最高125馬力にアップ!機動力と同時に乗用車なみの操縦性を備えるなど、フロントグリルのデザイン一新と相まって、幅広いランクルファンを増大させた車である。界各国で業務用として今なお現役のものも多く、また、趣味の世界でも、「ヨンマル」「フォーティー」などの愛称で親しまれ、多くの愛好家に大切にされている。

■第1期
1960年1月販売開始。20系のフルモデルチェンジ版。
当初は国内販売よりも輸出が先に行われており、国内のハードトップモデル(バン FJ40V)は遅れて登場する。

続いて45(B)シリーズ登場。
当初、荷台の狭さが指摘されたため、ショートの40とやや長いミドルの43、ロングの初代45でスタート、後にフレームを300mm延長した45(B)と呼ばれるスーパーロングが追加された。
ボディーバリエーションはソフトトップ、ハードットトップ、ピックアップ、ステーションワゴン、消防用など。


■第2期
1967年、40系は55型の生産に伴って、4ドアのステーションワゴンであるFJ45Vが生産を終了。
ロングのホイールベースは2650mmが廃止され、2950mmに統一されている。(この1967年の変更を気に、45モデルの初代と2代目としている。)

ショートのハードトップとバックドアを設計変更。屋根を鋼板プレスからFRPのモールド品に変更。
クォーターウインドウ、バックドアウインドウ拡大、リアコーナーウインドウ新設、後方視界の改善を図った。

1973年、海外向けのロングに直列6気筒3576ccのH型ディーゼルエンジンを搭載した、HJ45が登場。
1974年、B型のディーゼルが搭載され、ランクル40系の歴史上でのターニングポイントとなる。

ショートモデルにはU10系ダイナ用として好評を博していた直列4気筒3000ccと呼ばれるB型エンジンが搭載。
4気筒エンジンはランドクルーザーとしては初めてとなる。

B型のディーゼルエンジンを搭載したランドクルーザー40系は、BJ40とBJ43へと進化。

FJ40からファイナルギアレシオを3.700⇒4.111に。

変更はピニオンギアの歯車にしてわずか1山少ないだけだが、ディーゼルエンジンの特性から、その走行性能はF型との馬力差(125PSと85PS)を感じさせない遜色の無いものであり、エンジンが4気筒になった事で搭載位置が後退、フロントミッドシップレイアウトとなったことで車両の重量バランスやハンドリングが改善される効果も生んだ。


ランクル40系がこの4気筒のディーゼルエンジンを得たことで、その優れた経済性と性能は世界的なヒットとなり、販売台数は飛躍的に増えることとなった。
(4ナンバーでの小型登録ができることにより、税制面でも優遇されることとなっている。)
この背景にはオイルショックによるガソリンの高騰もあったが、 これ以降、ディーゼルエンジンはランクルの主流となって行く。

1975年1月、ハードトップのドアがフルプレスに変更、リアクォーターウィンドウが可動式になるなど、より快適なボディ周りの改善が行なわれている。

1976年8月、バックミラーがカウルサイドからドアに変更、国内ボンネット型車では初のドアミラーとなるが、後方視界と車両感覚がつかみずらく国内向けだけは1980年7月からフェンダーミラーに戻っている。

これまでのランクル40系のモデルを主に、ビンテージモデル(ビンテージ系のランドクルーザー40系)
と呼ばれている。


■第3期
1979年2月、モデルチェンジ。
パネル枚数を減らし組立工程を短縮。鋼板のゲージも下げられ薄くなった。
法改正に合わせヘッドランプの間隔が広げられ、ラジエターグリルもオーバルから短形に。

ディーゼルエンジンはB型から3200ccのB2型に、型式もB41とB44となった。
数字のうえではパワーアップであったが、進角特性の変更でマイルドな味付けとなり、燃費も若干落ちたりと、ややランクルの魅力に陰りがあったが、リアLSDがオプション設定されるなど進化も遂げた。

同年、ディーゼル化以降、日本国内のユーザーへの対策として、ファブリック内装の導入が検討され、リサーチのため初めての限定車が発表される。
ボディーカラーはダークブルー、シートトリムはダークブルーとグレーの細い斜めストライプであった。

12月、Lパッケージが登場。
バンパーなどのメッキ装飾、トラック丸出しのリング式ながら白く塗られたホイールで差別化された外観、室内には紅白のコントラストが鮮やかなファブリックシートと乗用車感覚が採用され、ランクル史上初めてのグレード設定となる。
Lパッケージのドアトリムやフロアマットは明るい黄土色で、紅白シートと相まって非常に華やかな内装となり、業務用の雰囲気は感じられなくなった。

これ以降、徐々にマニアックな車から一般的な車として乗用車からの乗り換えユーザーが一段と増えることになる。


■第4期
1980年7月、60系のデビューに合わせ、エンジンをはじめとした主要部品は共通のものになっていく。
ディーゼルエンジンもそれまでの4気筒から、6気筒4000ccの2H型が主流となり4気筒も3400ccの3B型に変更。
60系と共通化されそれぞれHJ47、BJ45となり、オーストラリアにはHJ47型、そのほかの地域にはBJ45型として輸出されている。

世界でも40系ランクルの評価は高く、輸出は初期の頃から頻繁に行なわれている。
1981年5月、限定車の第2段として「ザ・マイティー」が登場(国内)。
通称 「マイティーBJ 」 「マイティーブラック」。
ブラックのボディーにゴールドの子持ちラインを持ったエンジのストライプとえんじとグレーの室内トリムの組み合わせであった。

1981年8月、インパネデザインを変更。
センタークラスタータイプとなる。またタイヤもラジアルタイヤが選べるようになり、回転突起物対策としてリヤフェンダーにエクステンションが追加され全幅が増す。
パワーステアリングとタコメーター、専用の室内トリムを持った「LX」が追加。

1982年7月、ザ・マイティーIIが登場。
このモデルは国内での最後の限定車で「マイティーBJ」と同様のカラー、トリムであったが、パワーステアリングとタコメーターを装備し、「LX」同様の装備となる。エンジンも2B型から3B型の3400ccに変更。

1984年10、国内生産終了。70系にバトンチェンジしていく。

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