40系ロングホイールベースのFJ45Vという車輌から派生したモデルで、後の60系・80系・100系へとつながるロングモデルの祖先である。

搭載エンジンはガソリンのみで、当初F型を搭載するFJ55Vがあり、後に改良エンジンの2F型を搭載するFJ56Vが開発された。

デザイン的にも、ランクル初のデザイナー採用により、フロントまわりや大きくへこんだスライド式(電動、または手動の下降式)のリアウインドウなどそれまでの常識にとらわれない独特のスタイル。 北米ではムース(へら鹿)の愛称で呼ばれることとなった。

まぼろしの50「系」
50「系」の開発計画は当初、2ドアハードトップと4ドアステーション・ワゴンの二本立てであり、その時点では名実ともに50「系」であった。 2ドアモデル、このモデルが生産されていれば、FJ50型を名乗るはずであった。しかし、北米での販売が好調であったFJ40とのバッティングの可能性、販売価格、荒川車体の生産能力などを考慮した結果、2ドアモデルの計画は中止されることになった。 現在50番台の55、56型が50「系」ではなく、「型」と呼ばれる理由はここにある。


1967年7月、FJ45Vの後継車として登場。

乗用車ムードあふれるユニークなボディースタイル、4輪駆動車という特異な車であるにもかかわらず、乗用車を上回る安全性。高出力エンジンと理想的な車両重量配分と抜群の高速性能。

エンジンは40系と同じものを搭載。
ガソリンエンジンはF型125馬力。2速のトランスファーに3速のMTが標準の組み合わせだった。

1969年、エンジン出力が130馬力に向上。
バックドアはスライディングウインドウを持つテールゲート(下開き)とスイングアウトドア(観音開き)の二種類が設定。
45(初代)で好評だった消防車用シャーシ(国内向け)も55ベースに代わった。


1972年4月、ステアリングギアをウオーム&ローラーからリサーキュレーテッドボール(ボールナット)に変更。
1973年2月、バックアップランプを大型化、輝度も上げられた(安全対策)。
1973年9月、エンジンを無鉛仕様に変更(環境対策)。
1975年1月、排ガス規制対応のため、2F型のガソリンエンジンに変更、3速M/Tが廃止。
                   (エンジン変更で、型式認定の都合上、国内のみ形式がFJ56Vとなった。)
1977年5月、フロントドアガラス、サッシの前側の角の形状をR付きに変更(安全対策)。


1977年9月、アウターリアビューミラーが可倒式に、リアコンビネーションランプ(テールランプ)が縦長で大きく、位置も低くなった(安全対策)。すでに60系の設計が始まっていたため、それに似た形状となった。

1979年4月、ロッカーアーム、プッシュロッドを軽量化、ロッカーアームカバーを鋼板プレスからアルミダイキャストに変更。(この改良は次期モデルの60系に2F型を引き続き搭載するにあたり、騒音対策の一つとして行われたもの。エンジン音が乗用車風になったため、旧来からのファンを嘆かせることになった。)

以上のようにランクル50系は、内外装の変更を安全性を加味しながら行なっていく。当初はデザイン優先だったが、徐々に実用的な改良をされていった。

輸出仕様にはディーゼルエンジンが搭載されたが、結局国内では55型にディーゼルエンジンを与えなかった。このことがネックであったと言われ、個人向けの販売は振るわなかった。


ランクル50系は名車40系の陰に隠れてしまい、今でも50型として分けてとらえられることが多い。

表示モード: PC モバイル版表示